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ストランゲーゼ30番地
ハンマーズホイ背を向けた若い女性のいる室内

<夕ぐれは遠くからやって来る>

夕ぐれは遠くからやって来る
雪にうもれた静かな樅の並木道を
それから夕ぐれはその冬の頬を
そっと窓のあてて聴耳をたてる

するとすべての家がひっそりとして
老人たちは安楽椅子にうずくまり
母たちはまるで女王のよう
子どもたちもその遊びを
はじめようとせず 下女はもはや
紡ごうとしない  夕ぐれは聴耳をたてて 家の中をうかがい
家のなかの人々はそっと外をうかがっている


リルケ 「夕ぐれは遠くからやってくる」

ハンマースホイはデンマークの画家で、かなりの間忘れ去られていた画家だったそうです。

永遠に時のとまったような、もしくはくりかえしここにとらわれループしているような、物憂い灰色の世界を描いた絵は、実際に目にすると意外に明るく透明感に満ちてます。


画家はストランゲーゼ30番地~25番地にひきこもり妻の後姿を延々と描着続けてます。

ピアノを弾く女性のいる室内、ストランゲーゼ30番地   室内、ストランゲーゼ30番地

続きは近々。
いや~、一ヶ月に一回更新とは・・・(滝汗)

さて、気を取り直して続きを。
なぜここにリルケか、というと、1904年、ライナー・マリア・リルケはハンマースホイのある肖像画に強い印象を受け、コペンハーゲンまでこの作家を訪ねてる、という事実があるからです。
この作品ですね。

「イーダ・イステルズの肖像」
イーダ・イステルズの肖像

ちょっと画像悪いですが、この肖像画は妙に現実味のない、不思議なものなのです。
まず、イーダの瞳の色が左右違うのです。右は茶色、は青。
さらに影はイーダの左右両方にあり、光の方向が不明瞭です。
放心したような視点のはっきりしない眼差しは虚空をぼんやり見据え、握り締めた両手の緊張感と解離してるような不可思議な印象をかもしだします。

リルケはこの肖像画に何を見出したのでしょう?

その辺りについて、今のところ文献見当たらずわからないのですが、ここでまたくどく私の好きなリルケの詩を。

<秋>

木の葉が落ちる 落ちる 遠くからのように
大空の遠い園生が枯れたように
木の葉は否定の身ぶりで落ちる

そして夜々には 重たい地球が
あらゆる星の群から 寂寥のなかへ落ちる

われわれはみんな落ちる この手も落ちる
ほかをごらん 落下はすべてにあるのだ

けれども ただひとり この落下を
限りなくやさしく その両手に支えている者がある

リルケ『形象集』(1902~1906)

ちょうど詩人がハンマースホイを訪れた頃一致してる詩集が、この『形象集』なのですが、手元にある抜粋版にはこの絵を思わせる詩はありませんでした・・・

「三人の若い女性」

三人の若い女性
三人の若い女性は互いの関係性を持たず、無関心ですらありません。
これを三人の集合肖像画とみる向きもあるようですが、私にはそうは思えません。
互いのこのあまりにも独りな肖像を、一枚の絵の中におさめることこそが、画家の描きたかったものなのではないかと。
ちなみにこの三人はみな画家の身内です。ハンマースホイは知らない人の肖像画は描かなかったそうですので。

クレスチャンスボー宮殿

この森閑とした風景画もハンマースホイらしいです。

ほとんどすべての風景画に人はいません。

曇天の下、崩れのない廃墟のように、音のない風景が描かれてます。

今何故ハンマースホイなのか?

なんて大上段に構える気も力もありませんが、生の息吹も躍動も生々しさもすべて取り払った、風月に耐えた真っ白な骨のようなこの作品は、諸行無常の透き通った哀しみににた感銘を現代の私たちに与えてくれるような気がします。






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THEME:絵画・美術 - GENRE:学問・文化・芸術
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